2■月曜日のレストラン
妹の将来が心配になって、なかなか寝つけなかった。
「お兄ちゃん、朝だよう」
揺すられて目覚めると、もう家を出るまでに七分しか残されていなかった。
「ぐわあああああなんでもうちょっと早く起こしてくれないんだ」
「妹に起こされるなんて恥ずかしいこと、嫌がるかと思って」
「でも結局起こしてくれたんだな優しい妹よ!」
「えっへん」
いいことにする。昼まで寝過ごすよりマシだ。
寝ぼけた頭で「妹の弁当!?」と一瞬頭が真っ白になったが、いやいや、必要ない。妹がまだ中学生で本当に助かった。弁当なんぞ作ることになったら完全に遅刻だ。給食という制度に感謝する。
俺は売店でパンを買えばいい。二百円あれば事足りる。
しかし俺の財布には、もう千八百五十三円しか残っていない。昨日スーパーで食料を買ってしまったからな。ああ、学校の売店のパンより、スーパーのほうが安かったかも。
「お兄ちゃん、朝食の用意まだぁ?」
「朝食か」
慌てて妹と一緒に一階のキッチンに降りた俺は気づく。
「お前、どさくさに紛れていつも自分でやってることまでやらせるな」
「ばれたか」
ぺろっと舌を出して、麻柚は食パンをトースターに一枚入れた。
「ついでに俺のも一緒に焼いてくれ」
頼んだ俺は着替えるため急いで二階の自室に戻る。が、麻柚の大声が響く。
「どさくさに紛れていつも自分でやってることまでやらせないでよー!」
「ついでにできるだろうが! 簡単なことだろうが!」
「お兄ちゃん。そうやって他人にやってもらうことを当たり前みたいに思い始めたら、人間終わりだよ!」
「忙しいんだよ説教されてる時間はねえ!」
「そうやって、人の話を聞かない人間が最近やたら多いのよねー!」
「時と場合ってもんがあるだろ。今のこの状況わかってんのか俺は遅刻しそうだ」
「言い訳すればいいってもんじゃないのよねー」
「もういい! 食わないで行くよ」
「ええっ! それはだめ」
ドタドタと麻柚が走ってきて、制服に着替え終わった俺の顔面に、焼いていない柔らかな食パンをこれでもかと押しつけた。「くわえながら行きなさい!」
「漫画かよ」
洗っていない顔に食パンを押しつけられたことはあえてスルーする。俺は言われた通りパンをくわえた。
「お兄ちゃんがあたしに従ってる」
従ったわけではない。手が塞がるのを避けただけだ。と言ってやりたいのだがパンをくわえているので無理だった。ひどい寝癖などはないが髪をとかすのだ。
俺の髪は細くて絡まりやすく、片手で勢いよくブラッシングしようものなら頭皮に大変なダメージを与える。片手で髪を押さえながら毛先からとかさないといけないのだ。ゆえに両手は塞がっている。
ブラシを置いた俺はようやくパンを口から取って、かじった。もぐもぐごっくん。もぐごっくん。よく噛んでいる時間はない。
「じゃ、チョンの散歩よろしくな」
俺は食べながら鞄を持って玄関へ向かう。横目で時計を見ると目標時間の一分前。慌てて支度をしたら意外になんとかなった。顔は洗っていないが。
「あーい」
いつもの生返事をして麻柚が見送りに来たとき、トースターがチンと鳴った。
「あ、焼けた」
キッチンへどたどたと走って戻る。見送りが先だろうが。
「出かけるときは玄関の鍵閉めてけよー」
「あーい」
奥から大きな返事。冷蔵庫を開ける音がする。ジャムかよ。見送りが先だろうが。
「じゃあな!」
俺は怒鳴って玄関を閉めた。食パンの残りを一気に口に入れる。もぐもぐごっくん。う、喉に詰まった。多分俺は今、目を白黒させている。胸を叩いて一命を取り留めた。
「あ、お兄ちゃん待ってー」
待ってるヒマはない。見送っておけばよかったんだろうが。俺は駅へ向かって歩き出す。逃げるように早足。
「お兄ちゃん!」
遠方から妹の声がする。無視。
「お兄ちゃんてば!」
無視。
「『秘め事えぶりでい』、鞄に入れといたからねー!」
……恋愛シミュレーションゲームの名前を叫ぶな、妹よ。
妹のこともあって忘れていたのだが、教室に入ると瑠果の姿が視界に飛び込んできて、昨日のことを思い出した。
瑠果は教室のちょうど真ん中あたりの席で、ハードカバーの本を読んでいる。いつも通りの彼女だった。
あんな変な話を聞いてしまったからには、もう俺は瑠果と普通に接することができそうにないのだが、瑠果は昨日のことなどなんとも思っていないようだ。読書に夢中で、俺が登校したことにも気づいていない。
慌てふためいて俺を陰へ連れていって「昨日の話は忘れて」的な話をして周りに色恋沙汰と誤解される、という展開はなさそうだ。
自分が変な奴ってことをなんとも思っていないのではなく、変だということ自体、気づいていないのかもしれない。これは教えてやるべきなのか。いや、クラスメートたちに色恋沙汰と勘違いされるのはごめんだ。放っておこう。
俺は自分の席へ向かう。窓側の、後ろから二番目だ。
「おはよ」
右隣の席に座るショートカットの女子が挨拶してきた。
「おう、おはよ」と、俺は気軽な雰囲気を演出して微笑んだ。
彼女は気まぐれで、毎朝挨拶してくれるわけではない。特に話をしたこともない。小柄で可愛らしいのが俺好みなので、本当はもっと交流したいのだが。
鞄を机の脇に引っ掛けて着席する。肘をつき、瑠果の斜め後ろ姿を眺めた。
収入がいい、と言っていたが、どのくらい貰っているのだろうか。ありもしないものをどうやって探すのだろう。
もしや、最近よく瑠果を見かけるのは、引っ越してきたからというだけじゃなくて、俺の家の近くに宇宙人が潜んでいるからなのか? いつも調査をしているのだろうか。
う、いかんいかん。何を真剣に考えているんだ俺は。引きずり込まれてはいかん。
視界の隅で、ぱたん、と瑠果が本を閉じた。
その本の背表紙を何の気なしに見て、俺は思わず「うっ」と声を出してしまった。
『世界の怪奇現象 地球外生命体のパワーを知る』
瑠果はいつも読書しているが、まさかいつもそんな本を? 何の本を読んでいるかなんて今まで気に留めたこともなかったのだが。うう、恐ろしい。
と思っていたら、いきなり瑠果がこちらを振り向いた。
「うわっ」
あからさまに顔を背けてしまった。俺が怪しい奴みたいじゃないか。
視界の隅で瑠果が立ち上がる。いかん、こっちへ来る。
「私に何か用?」にっこり笑って瑠果が話しかけてきた。
隣の席のショートカットがこっちを見て目をぱちくりしている。普段あまり見ない組み合わせにびっくりしているのだろう、当然だ。
「ない。何もない。なんだよ急に」
「私のこと、見てたよね?」
「お前は背中に目がついてるのか?」
「目があるわけじゃないんだけど」
じゃあ何があるんだ。
「やっぱり私、マヒロくんのこと気になるんだよね」
「は?」
「ちょっと、いいかな?」瑠果が廊下のほうを指差す。
「よくないね」
俺は、今度はわざと顔を背けた。窓の外の空を見る。腕も組む。拒否。厳戒態勢。
「そんなこと言わないでよ。あ、直接話すのが嫌なら、メルアド教えてくれないかな」
「くれないね」
瑠果が悲しそうな声になる。「どうして? そんなに拒まれると、寂しいな。それともやっぱり、何か私に教えたくない秘密があるの?」
「なんでそうなるんだよ」俺は思わず瑠果の顔を見てしまった。すぐに窓の外へ視線を戻す。「俺はお前が求めるような情報は持ってない。変な宇宙人も知らない」
「まともな宇宙人も大歓迎なんだけど」
「まともな宇宙人も知らない!」
「じゃあどんな宇宙人を」
「どんな宇宙人も知らねえよ! そんな不思議なものに遭遇した経験は皆無! 俺は至って普通の男子高校生! 残念ながらお前の力にはなれない」
「えっ?」
瑠果は本気で驚いた顔をした。なんだこいつ。
「お前、勝手に勘違いして俺を巻き込むなよ」
「もしかして、マヒロくんって……鈍感?」
鈍感?
「……は?」
「ううん、なんでもない。とりあえず、まだ観察対象としておくしかないわね」
「え?」
「うふふ」
可愛く笑うと、瑠果は自分の席へ戻ってしまった。なんだあいつ。気持ち悪い。
観察って言ったか? 何をだ。何をだよ。ええ?
それからは瑠果が視界に入るたび怯えていた俺だったが、朝の会話以降、彼女が話しかけてくることはなかった。
放課後になって、俺はすぐに学校を出た。逃げるように早足。
学校を飛び出してきたので、学生たちの帰宅ラッシュにぶつからずに済み、電車内は空いていた。座席に腰かけ、やっと気が抜けた。
なんとなく、同じ車両の乗客たちを観察する。
もしこの中に宇宙人がいたとして、いったいどうやって見分けるんだろうか。まあ、いるわけないんだが。
しかし、友達同士で乗っている人が全くいないようで、みんなが真顔で黙って座っている光景は、意識して見ると異様にも感じられた。俺もその中の一人なんだけど。
三十分ほど揺られた後、俺は電車を降りた。
駅の構内には、旅行を促すポスターが並んでいる。のどかな自然を前面に押し出したデザインが多い。「今こそ、九州へ!」という文字を見て、ばあちゃんを思い出した。容体はどうなんだろうか。
そんな中、ピストルのイラストが描かれた黒基調のポスターが、異質な存在感を発揮していた。ショッキングピンクで「募集」と大きく書かれている。一体何を募集しているのか、小さな文字を読めばわかるのだろうが、細かすぎて読む気にもならない。デザインとしては嫌いじゃないが、駅に貼るポスターとして相応しいのかどうか。
駅から出ると、遠くのほうに制服姿の妹が見えた。おお、と俺は携帯を取り出す。
「あ、もしもし、マユ。今お前、薬局の角を曲がったろ」
『え、お兄ちゃん、どこ? ……駅のほう?』
「駅を出たとこ」
『うわ、気持ち悪い。あたしのこと捜してたの?』
「いや捜すっていうか、見えたから。気持ち悪いってなんだよ」
『駅から見えるって、どんだけあたしが好きなのよ』
「見えるんだから仕方ねえだろ」
『で、何か用? お兄ちゃん』
「あ、あのさ、夕食の準備しててくれると嬉しいんだけど」
『ええ? ……まあ、いいけど。何作ればいいの?』
「昨日パスタ買ったから、茹でておいてくれよ」
『んー、わかった』
電話を切り、俺も急いで歩き出す。
「……ん?」
麻柚に続いて、女性が薬局の角を曲がっていく。なんとなく瑠果に似ていた。気のせいか。そうだよな。学校を飛び出してきた俺の前を歩いているわけがない。
瑠果のことがそんなに気になるか、と自分でおかしくなった。これは恋ではない、そんなわけはない。気にしているとすれば、興味というか、ある意味恐怖、そして警戒心だ。
家に帰り、狭い対面式キッチンを覗くと、ちょうど茹で上がったパスタが皿に盛られているところだった。
「おー、サンキュー」
「どういたしまして」
「お前って普段、家事とか手伝ってんの?」
「なんで? あんまりやってないけど」
「それにしちゃ手際がいいな」
「あらそう? へへーん」
茹でるだけではあるが。俺だったら、鍋とかザルとか塩とか、どこにしまってあるのか捜すだけで時間がかかりそうだ。
「これ、味付けは?」
「お兄ちゃんが買ってきたやつ、茹でたパスタに混ぜるだけって書いてあったよ。好きなの選んで」
「え、炒めるとか、湯煎とかしないのか。今時は楽にできるようになってんだなー」
「ジジくさいこと言わないでよお兄ちゃん」
「はいはい」
妹のほうがしっかりしている気がする。俺、主夫にはなりたくないけど、ちょっとくらい成長しよう。帰宅部なんだし、親の手伝いとかしたほうがいいよな。
親を頼れないこの状況は、もしかしたら息子を成長させるための、父さんと母さんの策略なのかもしれない、と思ってみる。でもすぐに、それは違うな、と思う。あの両親はそんなこと思いつきもしないだろう。
バジル、明太子、ぺペロンチーノ。パスタを盛った皿のそばに置いてあるパスタソースを、トランプのババ抜きみたいに扇状に持ってみる。
「お前、どれにする?」
わざと裏を向け、味が見えないようにして麻柚に尋ねると、「これ」と真ん中を指さした。
「あー、残念。これは明太子だよ」
「何が残念なのよ。あたしは明太子でよかったんだけど」
「え、お前、辛いの大丈夫なんだっけ?」
「全く問題ありませんけど?」麻柚はガスの元栓などを確認している。「何年前の記憶を大切にしてんのよ。ウチのカレーが辛口になってから、もう三年は経ってると思うけど」
「そうか?」
麻柚が振り向いた。「子ども扱いしないでよ、お兄ちゃん。あたし来年、高校生だよ」
「高校生になれば大人ってわけじゃないけどな」
「そりゃそうだけど。お兄ちゃん、ヒマなら新しいタバスコ出して」
「タバスコ? どこにあるんだ」
「食器棚にあるでしょ」
俺は正直、食器棚には食器しかないと思っていたので、おろおろするしかなかった。
「え、お兄ちゃん見えないの? 光ってるじゃん、そこ」
麻柚が下のほうを指差した。なるほど、ガラス戸の中には食器が鎮座していらっしゃるが、その下の引き出しの、そのまた下に中が見えない引き戸がある。ここには食器以外のものも入っているわけか。しかし、そんなにツヤのある材質の引き戸ではないのだが、光っているとはどういうことだ。
左を開けてみた。ない。布巾とか竹串とかアルミカップとかそんなのばっかりだ。
「そっちじゃないよ、お兄ちゃん。え、うそ、わかんないの? 鈍いなー」
「鈍いって、お前……」
右を開けてみた。あった。ふりかけやらチャーハンの素やらと一緒に入っている。てかチャーハンの素、こんなところにあったのかよ。余計な金を使ってしまった。
普段何も手伝わないのだから知っているわけがない。胸を張って言うことじゃないが。
俺はタバスコを箱から出してテーブルに置いた。
「お前、やっぱり母さんのこと手伝ってるんだな。こんなとこ、開けたこともないよ俺」
「あたしだってないよ」
「……じゃあなんで知ってるんだよ」
「知らなくてもわかるじゃん、光るもん」
「……さっきからその、光るってなんのことを言ってるんだ?」
「え、お兄ちゃんって、鈍い人なの? っていうか、この世には鈍い人のほうが多いのかなあ?」
「さっきから失礼だぞ」
「だってわかんないんでしょ? お兄ちゃん」
「ああ、わからねえな」
「お兄ちゃん、冷めちゃうから早く食べようよ」
「……あ、ああ」
今日は別の人からも鈍感だと言われたような覚えがある。
明太子ソースの袋を手にとって、開けた。面倒だから俺も明太子でいいや。
「そういやお前、明太子にさらにタバスコかけるのか?」
「いいじゃん、別に」
「そりゃまあ、個人の嗜好をどうこう言うつもりはないけど……」
昔は中辛カレーすら食えなかった妹なのに。知らないうちに変わっていくんだな。お兄ちゃんはちょっと寂しいぞ。
さすがにフォークのある場所はわかっていたので、食器棚の引き出しから二本取って、それぞれのパスタに突っ込んだ。
食卓にパスタの皿を運ぶ。麻柚もパスタとタバスコを持ってくる。
「タバスコはそっちでかけてくればいいだろうが」
「食べてる途中で足りなくなるから」
「どんだけかけるんだよ」
「赤く染まるくらいは、普通に」
「普通じゃねえわ、それ」
二人とも椅子に座った。目配せをし、合掌して「いただきます」と合唱。フォークにパスタを巻きつけていく。
「お母さんたち、いつ帰ってくるのかなあ」
麻柚が、さほど心配でもなさそうに言った。黙っていてもつまらないから話題提供、というところか。
「さあな」
「なんでわかんないのよ」
「俺が訊きてえよ」
「電話は?」
「あれから来ない。こっちからかけても出ない」
それから少し黙って三口ほど食べる。パスタの三口というのは、フォークにくるくるくるくると巻きつけて噛んで飲み込むのを三回繰り返すのだから、意外と長い沈黙だった。
「お金、ないんでしょ?」麻柚が静けさに耐え切れなかったのか、また話しかけてくる。「大丈夫なの?」
「知ってたのか」
「あたしをなめないでよ。来年は高校生なんだから」
「はいはい、そうですね」
「なめやがって……」
「え?」
「んん、なんでもない。お兄ちゃん、バイトするの?」
「まあ、いいバイトがありゃいいんだけどな」
「悠長に選んでる場合かよ」
「え?」
「んん、なんでもない。ねえお兄ちゃん、あたし、今日スカウトされちゃったんだけど」
「スカウト?」
「学校帰りに、ちょっとお姉ちゃん、てカッコイイお兄さんに声かけられてね」
「お前……それって」
「あたし、夜の蝶になる」
「バカか!!」俺は食事中にも拘らずグワッと立ち上がる。椅子が倒れた。「中学生がそんなことしたら捕まるわ」
「え、そうなの?」
「禁錮三十年はくだらねえ」
「嘘でしょ」
「すみません」
俺は椅子を起こして座った。
「お金ないんでしょ? 夜の蝶だよ、稼ぎいいよ?」
「夜の蝶って言うなよ」
「バタフライ」
「イングリッシュ!!」
「数ヶ月間だけ。いいでしょ?」
「よかないわ!! お兄ちゃんが許しません!! …………いや、お前そんな顔すんなよ、俺はシスコンじゃねえよ。つーかマジ年齢的に法律でアウトだろうが」
「そうなの?」
「そうなの。もしそうでなかったとしても、危険だし、まだ知らなくていいようなことを見たり聞いたりするかもしれないし、教育上も衛生上もよくない」
「知らないことなんて、あるかなあ?」
「ええ!? いつ汚れたんだお前!」
「お兄ちゃんはシスコンか」
「だから違うわ!!」
くだらない話をしていると全然食事が進まない。俺はパスタをフォークに巻けるだけ巻いて口に入れた。
なるほど、だから中学生の麻柚が、俺とほとんど変わらない帰宅時間だったわけか。って、それ一時間くらい話を聞いていたってことか?
「まさか、実際に働く店舗に案内されたわけじゃないよな」
「店舗? ああ、今度、保護者と一緒に事務所で面接しましょうって」
「バカか!!」俺は食事中にも拘らずグワッと立ち上がる。椅子が倒れた。「面接て……」
「お兄ちゃん、マジだよ? マジ。ほぼ内定みたいなんだけど」
「そんなもんは取り消し!」
「ええー……せっかく、せっかく稼いでお兄ちゃんの助けになりたいと思ったのに……」
涙を拭く仕草をする。演技派だな。
「残念だけど、その仕事は完全にダメだ」声かけた奴もバカだな、親が許すはずないだろうが。「何かあったときに一番傷つくのは、お前だぞ」
「お兄ちゃん……別にあたし、平気だよ」
「わかってないよ、麻柚」
「大丈夫だよ、あたし慣れてるから」
「……何に!?」
「でも、お兄ちゃんの許可がとれなきゃ、だめか……」
「お前、答えろ、何に慣れてるって!?」
「後で断りの電話入れとくね」
「だから、何に慣れてるって!?」
「あ、お兄ちゃん、パスタに虫が入ったよ」
「え!? どこ?」