1■日曜日のカムアウト

 
〈3〉
 

 深夜、なぜか目が覚めてしまいぼんやりしていたところ、隣の麻柚の部屋から小さく「ひっ」とか「うっ」とかいう声が聞こえてきた。

 え、あいつ、ひとりで声を出すなんて、まさか……

 ヒトリアソビ?

 俺は自分の部屋を出て、麻柚の部屋のドアから光が漏れているのを確認した。

 ノックしてみる。

「おいマユ。声が聞こえてんぞ」

『あ、お兄ちゃん起きてたの?』

 嬉しそうな声がして、ドアが開いた。

「お兄ちゃんコレすごく面白い」キラキラした目をした妹は、小さなテレビを指差した。「面白いってのは、ファニーのほうじゃなくて、興味深いって意味なんだけどね」

「はあ?」

 いったい麻柚の目を輝かせるのはどんな番組かと思って画面に注目すると、アニメの女の子が顔を赤らめてこちらを見ていた。

 いや、アニメかと思ったが、動かない。一時停止中? DVDなのか? なんとなく見覚えがある。

「……あ!?」

「あたし、アカネちゃん攻略しちゃったよ、お兄ちゃん!」

 これはテレビ番組でもDVDでもない。

「お前、勝手に、俺の鞄あさったのか?」

「だって気になったんだもん」

 友達に返すはずだったゲームだ。見れば確かにテレビの前にゲーム機がある。こいつ、いつの間に。

「『私、マヒロさんのことが……好きみたい』だって」

 麻柚はにやにやしながらテレビの前に座り、コントローラーを握った。早く続きをやりたいらしい。

「……」俺は前頭葉を押さえて深く溜め息をついた。

 まるでわからない。何がそんなに興味深いのか。男の俺でも興奮しなかったゲームに。

 部屋の中に入ってドアを閉め、俺は麻柚の隣に座った。

「女がやって、楽しいもんなのか?」

「楽しいと思うよ」

「なんで他人事みたいな言い方するんだよ」

「あたし、女もいけるクチだもん」

 いきなり衝撃の事実!!!!!

「お、おおおお前…………それ、ほんとなのか」俺はできる限り平静を装って訊いた。

 麻柚は人差し指を下唇に当てながら「んー」と天井を見上げる。

「実際、付き合いを求められたことはないよ。レズもバイも、そういるもんじゃないしね。だけど、この人は男だから好きになっていいとか、女は恋愛対象から外さなきゃだめとか、そういうの意識しなきゃいけないのって面倒じゃない?」

「いや、普通は、性別に気をつけたりしないだろ」

「えっ、じゃあお兄ちゃんも、BL的な要素持ってるの?」

「違うわい。好きになる相手が、自然と異性なんだよ」

「え?」麻柚はキョトンとして俺の顔を見た。「そうなの?」

 ……え?

「そうだろ」

 こいつは、対象が何とかいう前に、恋愛をしたことがないのでは?

「じゃあ、お兄ちゃんは男の人を好きになったらどうするの?」

「ならない」俺は即答する。

「例えばの話だよお。ほら、今は女装する可愛い男の子が増えてるじゃない」

「知らん」

「えええ知らないの? 女だと思って恋したら、ホントは女装癖のある男だったっていうことも、これからの時代はあり得るんだよ」

「それは厄介だな」

「もー、真剣に聞いてよ」

「そんな真剣な話とは思えないんだが……」

「あたしは真面目だよ、お兄ちゃん」

「はあ、そうですか」

 俺がちゃんと聞いてないことにがっかりしたのか、麻柚はテレビに向き直り、ゲームを再開した。しかしコントローラーを操りながら、まだ喋る。「今の日本じゃ、結婚は異性としかできないでしょ。やっぱ、結婚って憧れるのよ。そこは普通の女子なの、あたし。結婚するには、男性と恋愛しなきゃだめでしょ。だから意識的に女を排除しなきゃいけないの。簡単な方法としては、あたしが男性から見て魅力的になればいいわけ。その点、このゲームは男の落とし方を何通りも教えてくれる。興味深いってのは、そういうこと」

「おい、お前どこからどう学んでるのか知らんが、これは男が女子を落とすゲームだぞ」

「すんなり落ちる子もいるけど、じらし方とかツンデレとか、扱いが難しいキャラの方が男の気を引くんだなってのは勉強になった」

「ああ、そうかよ。てかそんなにやり込んでるのかよ」

「ひっ……」

「急になんて声を出すんだ」

「お兄ちゃんが可愛い女の子に迫られてるって思うと、おかしくて」

 画面を指差すので見てみると、アカネちゃんとかいうキャラの台詞が表示されていた。

〔マヒロくん、キスしても……いい?〕

「ぶっ」

 いくら二次元キャラとはいえ、妹の前でそういう言葉を発するのはやめてほしい。いや俺が妹の部屋に入ったのが間違いだった。本名を登録してしまったのも間違いだった。

 すごくいいって友達が勧めるから借りたのに、全然面白くないうえに妹に面白がられて、なんなんだ一体。

 まあ、考えてみれば、自分の名前を登録したまま友達に返すところだった。俺の……いや、妹が使用した痕跡を消してから返却することにしよう。

 俺は立ち上がった。

「お前がそんなに楽しめてるなら、借りてきた甲斐があったよ。好きなだけやってくれ」

 

2■月曜日のレストラン〈1〉へ続く