時間の感覚

 

 真夜中に目が覚めた。

 真っ暗だから、真夜中だと思った。明け方ならもう少しほの明るいはずだ。

 背骨が当たって痛い。いくら布団が柔らかいといっても、痩せた私の体はごつごつと骨が出張っていてよく青あざになる。みんな痩せすぎだと言う。

 寝返りして、寝る位置を定める。人間の体には仰向けが一番だと言われても、じっとしていると骨が痛いから、私にはそのままでいるのは一番ではないのだ。

 今何時だろう。あと何時間で朝なんだろう。

 でも目を開けて時計のライトをつけてしまったら、せっかくの眠気が飛んでしまう気がして、私はいつもこういうとき何時なのかわからないまま再び眠る。

 今日も、ずっと目を閉じたまま寝返りをうって、眠るつもりだった。

 部屋の外で、スリッパの足音がした。普通に歩いている。泥棒でもなんでもない、母親の足音だ。

 私の部屋の外は、廊下を挟んでキッチン、廊下を右に行くとトイレがある。一軒家だけど一階建て。私の部屋は増築して建てられた、物置になるはずのスペースだった。

 しかし随分スタスタと歩くものだ。いつも聞く真夜中の足音はもっと、眠そうにゆっくりしているのに。

 もしや、もう朝?

 どきっとして、私は飛び起きた。暗いのはカーテンのせいか。目を開けてみればドアの向こうから光が射している。キッチンは明るいということだ。

 私は時計に手を伸ばした。ボタンを押してライトをつける。

 アナログ時計は、なんと、十二時五分を指していた。

 そんな、どうしよう。学校は?

 慌てて飛び起き、部屋を飛び出した。

 母親が「あら」と私を見た。

「寝る前の薬、飲まなかったでしょう」

 寝る前の薬? ああ、毎晩飲んでいる、あれ。突然訊かれて薬の存在さえ一瞬思い出せなかった。

 そういえば、昨夜は飲んだっけ? 覚えていない。

 ああ、そんなことより今日の学校……

 ふと気が付いた。キッチンの電気がついている。朝なら外の光が入るから電気などつけないはずなのに。

 寝る前の薬。

 ああ、まだ夜?

 なんだ、よかった。

「まだ飲んでない」

 ほっとしたら無意識に返事をしていた。母親は鼻で笑って、私の近くにあるテーブルの上、今日の新聞を私に示した。

 意味がわからない。私は取ってほしいのかと思い、つかんで母親に差し出した。

 違うわよ、と言われた。

「よく見てみなさい」

 私はピンときた。薬を飲み忘れた人の失敗談でも載っているのだ。なんて嫌味っぽいんだろう。

 私は気に食わないのでテレビ欄を眺め始めた。

 ん。

 番組が、おかしい。水曜日なのに土曜日の番組ばかりだ。

 私に見せるためにわざわざ取っておいたのか。いったいいつの新聞……

 日付は、しあさってだった。

 

「あなた3日も眠りこけてたのよ」

 母親は馬鹿にしたように笑って言った。

「薬を飲み忘れるから」

 私はなんの薬を飲んでいたの。

「覚醒させる薬なのよ。飲まないとあなた、永遠の眠りについちゃうわよ」

 どうして。

「あなたにはもう、目覚めるだけのエネルギーがないの」

 痩せすぎたから。

「もっと体力をつけてもらわないと。生きるって、ものすごい力が必要なのよ」

 私は返事ができなくなっていた。頭のなかで問うだけ。

 がっかりすると、力が入らなくなる。昔からそうだった。

「あなたはね、いつも逃げ腰なの。生きることに対しても。やる気がないのよ。そういう姿見せられるとね、こっちもやる気なくなってきちゃうからやめてほしいのよね」

 私は瞬きをした。

「生きる気のない子を育てるなんて、そんな面倒なこと私はしたくありませんからね。あなたも迷惑をかけてるってこと、自覚してくれないと」

 ゆっくり視線を上げた。

「このままじゃ私も困るの。お金も時間もかかるし面倒だし。産んで損しちゃった」

 息を、吸った。

 最後の呼吸を        、

 

 

 

――――。