2■月曜日のレストラン

 
〈2〉
 

 食後、麻柚と一緒に食器洗いをしてから、俺はリビングのテレビをつけてソファに座った。自室より大きなテレビを占領できるのは、親がいない日だけなのだ。俺は特に目当ての番組があるわけでもないのに、それだけの理由でリビングにいた。暇人。

 とは言っても大したテレビではない。古くて、電源を入れてもなかなか画面が表示されないようなポンコツだ。

 食事しながらテレビを見ると成績に悪影響を及ぼすとかで、父親が昔「食事中はテレビを見てはいけない」と決めた。習慣になっているので、親がいなくても食事中は見ない。ただ、これは事実だが、テレビを見なくても俺は勉強できるようにならなかった。

 地上デジタルになってから、なんだかリモコン操作がもったりするようになった気がする。俺はそのザッピングのときの変な()が好きじゃないので、最近は、新聞の番組欄を見てからピンポイントで見たいチャンネルをつけるようにしている。

 しかし今日は新聞が見当たらない。きょろきょろしていると、視界の範囲外から妹が嫌味口調で声をかけてきた。「はい、鈍い人。何をお探しかな」

「鈍い鈍いってうるさいわ! 新聞が見たいんだけど」

「あら、たった今あたしが一面記事を読んでたとこだよ」

 振り返ると、麻柚は食卓にもたれかかりながら、ちょうど番組表の面を俺のほうに向けて新聞を持っていた。俺はソファに座ったままそれを見る。

「おお、今日はアラキショウコのドキュメンタリーか」

 アイドルの一週間を追う番組だ。リモコンをテレビに向け、そのチャンネルにする。

 妹の気配が近づいてきた。

「はい」と麻柚が折りたたんだ新聞を俺によこす。

「え?」

「読みたかったんじゃないの?」

「あ、もう見たよ」

「いつ見たのよ」

「今、お前、そこで持ってたろ」

 麻柚は呆れたような表情で俺の顔を眺めた。

「あんな離れたとこの、こんな小さい字が読めるわけ? お兄ちゃんってすごいね」すごいと思っているようには感じない、棒読みの言葉だった。

「バカにしてんのか?」

「バカにしてんのはお兄ちゃんでしょ。見たいって言うから、あたしは読みかけの新聞を親切にもお兄ちゃんに渡しにきたんだよ。って説明しなきゃわからないほど、お兄ちゃんはバカなの?」

「やっぱりバカにしてるじゃねえか」

「まともに会話もできないの!?」

「何をそんなに怒ってんだよ」

「もういい」

 新聞が俺の顔面に投げつけられた。バシーンと派手な音が響く。小学生時代、少年ソフトボールクラブでピッチャーを務めていただけあって、麻柚は腕力もコントロールも半端なかった。

 俺が鼻をさすっているうちに、妹はリビングを出ていった。自室にこもるのだろう。思春期なのか、どうも感情の起伏が激しい。よくわからない理由で怒り出すから困る。

 放っておけば、そのうち落ち着いてくれるから心配ない。俺は、『アイドル・アラキショウコの一週間』を観てから、風呂に入った。

 

 とりあえず、勉強のできない俺でも宿題は一応やっていかなければならない。やるべきことをやらないと留年することになる。俺は入浴を済ませた後、机に向かうと鞄からワークブックを取り出した。鞄の底にゲームソフトが見えて、あ、返すの忘れたな、と思う。まあいい。麻柚が気を利かせて俺の登録名を消してくれたなんてことはないだろうから、後でデータを消去しよう。

 不意に、机の上の充電器にセットしてある携帯が鳴った。画面を見ると、知らない番号からの電話だ。

 こういう電話、本当は出たくないのだが、知り合いだったらと思うとそういうわけにもいかない。ばあちゃんのこともあるから、遠い親戚とかかもしれないし。とりあえず通話ボタンを押し、耳に当ててみる。

『あ、もしもし? マヒロくんだよね?』

 若い女のきれいな声がした。

「……まさか、ルカか?」

『当たり。よくわかったわね』

「なんで、俺の番号……」

『言ったでしょ? 私、探偵というか、調査員というか、そんな仕事をしてるの。調べ物なんて容易いことよ』

 恐ろしい。

『まあ、自分の足で調べてるわけじゃないんだけどね』

 手下がいるのか。

『わかっちゃうのよ』

 そうですか。

『もしもしマヒロくん、聞いてる?』

 うちの母親みたいなセリフを言わせてしまった。

「聞いてるよ。それで、用件はなんだ」

『冷たいのね。私、マヒロくんとゆっくり話がしてみたいのよ。今からお茶しない?』

「今からってお前、明日も学校なのに。もうすぐ八時半だぞ」

『一時間くらい、いいじゃない。それともマヒロくんは夜が明けるまで付き合ってくれるつもりなの? マヒロくんがそうしたいなら、かまわないけど……』

「俺は今から家を出ることすら億劫だ」

『あら、マヒロくんってデブ症なのね』

「なんだかお前の出不精っていう発音が心なしか違って聞こえたぞ」

『うふふ。マヒロくんって面白いのね』

「どこがだ」

『とにかく、昨日会ったスーパーの近くにあるファミレスで落ち合いましょう』

「勝手に決めるな。俺は行かないぞ」

『マヒロくんは来てくれるわよ。私、何時間でも待ってるわ』

「おい!」

『待ってるわね』

 ツー。ツー。

 呆然。

「くっそ」

 どいつもこいつも。女ってのはなんて自分勝手なんだ。

「お兄ちゃん!」

「うわっ」

 いきなりドアが開いて麻柚が入ってきた。不意打ちはやめろよ、まったく。

「昨日のゲーム、まだ返してないでしょ? あれ、もっかいやりたいから貸して」

「え? ……ああ」俺は鞄からソフトを出して麻柚に渡した。「なんで返してないってわかるんだよ」

「ピンと来るもの。鈍感なお兄ちゃんにはわかんないだろうけどね」

 む。

 にへらっと笑って麻柚は部屋を出ていった。すぐに隣からドアの開閉音がする。

 どいつもこいつも。女ってのはなんて自分勝手なんだ。

 俺は溜め息をついた。溜め息をつくと幸せが逃げるというが、幸せじゃないから溜め息をつくんだ、と反論したい。が、吐いた分の空気を補給しようと深く吸った。むせた。

 瑠果が朝まで待っていたって、それは彼女の勝手であって、俺は悪くない。しかし知らんぷりするのも難しい。俺の心が痛む。

「マユ。俺ちょっと出かけてくるから」

 ノックして麻柚の部屋を覗く。と、小さなテレビに、とても誰にもお見せできないアニメーションが映し出されているところだった。

「お前、なんだそれは!!」俺は脳内でテレビ画面にモザイクをかける。

「見てない隠し映像があることに気づいちゃってさ」

「隠し映像?」

「あれ、お兄ちゃん知らなかった? このゲーム、告白シーンでBボタン押し続けてると、こういうアニメが見られるんだよ」

「ああ、そう……」そういえば、貸してくれた友達もそんなことを言っていたかも。

「この後もっとすごいことになるよ」

「勝手にやってくれ。じゃ、出かけるから」

「いってらっしゃい」

 画面から目を離そうともしない。俺のことなど興味ないらしい。

 俺は寂しく、ドアを閉めた。

 

 外は真っ暗だった。街灯の下だけに色がともる。あとはモノクロの世界だ。

 ポケットに左手を突っ込み、俺はのんびり歩いた。右手には持ち手付きプラスチックケース。宿題が入っている。また異次元の話ばかりされては困るので、優等生の瑠果にこれを手伝ってもらうことで時間の経過を狙うのだ。我ながらナイスアイディア。

 もう少し行けば街へ出るが、住宅街を抜けるまでの道は細くて街灯が少ない。ウチ以外は金持ちばかりのようで、両側には高い塀が続く。女性は一人で歩かないほうがいい、と母親がよく妹に言って聞かせていた。

 なんで人はモノクロの世界で悪さをしたくなってしまうのだろうか。俺にはわからない。心理的なものなんだろうか。

 ただ、麻柚はトリメらしく、暗いところでは物が見えないと言っていたので、それは確かに注意が必要だなと思う。というか、世の中にはトリメの人が多いよな。そっちのほうが普通なんじゃないかと思うくらいに。

「……ん?」

 遠く、俺が向かっている先に瑠果がいた。街灯もない暗がりで塀に寄りかかり、双眼鏡らしきものを目に当ててこちらを見ている。なんだありゃ。俺を見ているんだろうか。

 だとしたら、とりあえず挨拶しておいたほうがいいんだろうな。俺は軽く手を上げた。

 すると瑠果は少し驚いたように双眼鏡(らしきもの)を目から外し、その後にっこりと微笑んだ。こちらにゆっくり歩いてくる。

 ちょうど街灯の下で、小声で会話できるくらい近づいた。

「こんばんは、マヒロくん」

 そこまで近づかなくていいのに、というほど瑠果がさらに近づいてきて、俺の顔を覗き込むように見る。

 ああそうか、こいつは学校以外では裸眼なんだっけ。

 それにしたって、近づきすぎだと思うが。顔を確認したんだろうけど、もし人違いだったらどうするんだろうか。

 瑠果は女の子らしい服を着ていた。シフォンブラウス。ミニスカート。生脚。

「じゃ、行こうか」

 くるりと俺に背を向け、瑠果は歩き出した。彼女にとっては、来た道を戻っていることになる。俺は瑠果の斜め後ろをついていく。

 不自然なことばかりだ。何から訊けばいいのか迷うくらい。

 俺は鼻の頭をかゆくもないのに掻きながら、質問する。

「お前、ファミレスで会おうって言ったのに、なんでこんなところにいるんだ?」

「私、この辺りに住んでるのよ」振り返らずに瑠果が答える。

「そうなのか? 近所とは言ってたけど、同じ団地とはな」

「マヒロくん、この近くなの?」

「お前のことだから、もう知ってるんだろ」

「なんとなくはね」

 曖昧だが、調べたという意味として受け取っていいんだろうか。恐ろしいから深く訊かないことにしよう。

 では次の質問。

「お前、さっき持ってたの、なんだ?」

「え?」

「持ってただろ。双眼鏡、みたいなもの」

「ああ」

 小さなバッグから先ほどのそれを取り出し、進行方向を向いたまま、俺に見せるように持ちながら瑠果は「暗視スコープよ」と言った。

「暗視? お前もトリメか」

「鳥目? うふふ。マヒロくんって面白いのね」

「どこがだ」

「ひょっとして、ご家族もマヒロくんみたいな方たちなの?」

「どういう意味だよ」

「うふふ」

 つかめない奴だ。

「どういう意味だよ」

しつこいかもしれないが、もう一度尋ねる。

「うふふ」

 ……もう一度うふふでごまかされた。

 妹にわけのわからないキレ方をされたこともあり、俺は知らず知らずのうちにイライラを溜め込んでいたようだ。思わず強い口調になった。

「お前、目的が不明で気持ち悪いんだよ」

「……気持ち悪い?」

「なんていうか、その、俺が解るように説明してくれ」

「え、何を?」

「お前の目的だよ!」

「目的……」

「俺の行く先々で待ち伏せしたり、俺の携帯番号を調べたり、ファミレス行こうなんて言ったり。お前は何をしたいんだ。何が目的なんだ」

「わからない?」

 瑠果が振り向いた。

 その向こうにはファミレスが見える。

「あなたのことを知りたいだけよ」

 笑顔だった。

 有無を言わせぬ、強い目だった。

 

 店内はかなり空いていた。俺たちは四人がけの席に向かい合って座る。俺はウーロン茶、瑠果はブルーベリージュースとレアチーズケーキを注文した。長居するつもりはないし夕食も終えているので、食事とかドリンクバーという選択肢は頭になかった。

「甘いもの好きなのか」

「そうでもないんだけど、今日は特別」

「はあ、そうですか」

 注文してから五分ほどですべてのオーダーが揃った。

 ウェイトレスが去ると、瑠果はストローでブルーベリージュースをゆっくりかき混ぜた。なんだかものすごいジュースだった。不透明で、ドロリとしていて。

「真っ黒だな」

「え?」

「そのジュース」俺は指差した。

 瑠果は三秒ほど、俺の顔を黙って見つめた後、にっこり笑った。

「確かに、味も色もすごく濃いわ」

「ていうか、ブルーベリージュースなんてあるんだな。知らなかったよ」

「マヒロくんには必要ないものね」

「え?」

「なんでもない。こんな濃いジュース、この辺ではここでしか飲めないのよ」

 ブルーベリージュースがストローを通って瑠果の口内へ流れ込む。瑠果は、ひと口飲むと難しい顔をした。

「マヒロくん、バイトは決まったの?」

「え?」

「お金がないって言ってたでしょ」

 そう言ってお冷やを口にする。

「あ、ああ。最初に言っておくけどな、お前のバイトを手伝うつもりはねえぞ」

「あら、そう」

 くるくるとジュースをかき混ぜる瑠果の、ストローを掴む手の小指が立っている。

 俺は肘をついて瑠果を眺めていた。目的がわからない。傍から見たらただのデートだ。

 そう思ったとき、瑠果が上目使いでこちらを見たと思うと、

「なんだか、デートみたいだねっ」

「ぶっ」

 可愛らしい声で言うのでふき出してしまった。空気をだ。ウーロン茶を口に含んでいなかったのが幸いだった。

 嬉しそうにジュースをかき混ぜるその姿は、純粋に楽しんでいるようでもあった。

 本当に、目的なんてないのかもしれないな。

 そう思いそうになり、いかんいかんと頭を振る。そんなわけはない。絶対にUMAを一緒に探そうなどと言ってくるに違いない。怪しいバイトを手伝わせようとしているに違いない。そんなことになったら、妹のバタフライを許さなかった俺のメンツが丸つぶれだ。

<お兄ちゃん、バイト始めたの?>

<ああ、宇宙人を探す仕事なんだ>

<お……お兄ちゃん……(涙目)>

<まあ、聞け。収入がいいんだよ>

<お兄ちゃんが遂に完璧バカに!>

<おい、マユ! 待ってくれよ!>

 目に浮かぶ。情景が。鮮明に。

「マヒロくん?」

「え? ああ、何?」

「切ない顔をしてたけど、大丈夫?」

「大丈夫だ。俺はシスコンじゃない」

「え?」

「違うって言ったら違うんだよ」

「は、はあ……」ぱちぱちと瞬きをした瑠果は、首を傾げた。「妹さんが大事なのね」

「だから、俺はシスコンじゃ」

「うふふ。マヒロくんって、妄想癖もあるのね」

「ええ?」

 理解できない俺を軽くあしらい、瑠果はフォークでケーキをカットした。

「……うん、美味しい。冷凍ってわかってても美味しいわ」

「暗黙の了解を口に出すなよ」

「ドライアイスが微かにぴりぴりするわ」

「……」

 こいつはなんなんだ。何が言いたいんだ。何をしたいんだ。

 ドロリとしたブルーベリージュースが瑠果の口に吸い込まれていく。瑠果は困ったような表情で、俺の顔を見た。何を求められているのか全然わからない。

 ブルーベリージュースのコップを少しだけ、俺のほうへ滑らせて、瑠果がなんでもないことのように言った。

「これ、飲んでみる?」

「……いや、いい」

 女子と間接キス! なんてことは一瞬しか考えなかった。こんな真っ黒いジュース、俺は飲めない。

 またケーキがカットされた。

 瑠果は、そのひと口分をフォークに乗せ、何を思ったか俺の目の前に持ってきた。

 え、え、え! まさか、「あーん」をするつもりなのか?

 瑠果はにこにこしている。俺はうろたえるしかなかった。「あーん」するには、あと十五センチ足りない。俺から顔を近づけろと? そんな恥ずかしいこと、できるわけが……

「マヒロくん、このケーキ、何味かわかる?」

 瑠果が突然問うた。え、なんだって? 味?

「急に、なんだよ」

「見れば、なんとなく予想できるでしょ」

 どう見ても、普通の、白い、レアチーズケーキでしかない。

「……チーズ」

「んー、……正解」

 瑠果は自分でぱくりと食べた。

「……」

 こいつ! 俺を! バカにしている!!

 瑠果はジュースをひと口飲むと、視線を俺の体の横に向けた。

「マヒロくん、何を持ってきたの?」

 あ、忘れてた。宿題。

 正直、こいつの目的のほうが気になって宿題どころではないのだが。いや、これこそが瑠果の思惑なのか。俺のほうから異次元の話題を出させようという策略か。危ない危ない、罠にはまるところだった。

「あのさ、実は手伝ってもらおうと」

「まさか、明日提出の宿題を一緒にやってくれ、みたいなこと言うんじゃないわよね」

「…………言っ……」

 ……ちゃ、だめなのか。

 なんでだ。

 瑠果はお冷やをひと口飲み、俺の顔を指差した。

「マヒロくん、宿題っていうのはね、自分のためにするものなのよ。自分で考えて、自分で解くから、自分の力になるの。他人に教えてもらった宿題なんて、提出というノルマを果たしたところで意味はないのよ」

「は、はあ……」

 瑠果って完全に優等生の思考回路なんだな。でも人を指差すのはどうかと思うぞ。

「ルカって、もっと優しい人だと思ってたよ」

「マヒロくん、本当の優しさっていうのはね、甘やかすことではなくて、その人のためを思うことなのよ」

「は、はあ……」

 俺が弱々しく返事をしていると、瑠果は力強くハッと息を吐いた。「深く考えないで生きてきた結果が、これなのね」

 哀れむような目で俺を見る。

「……そんなに酷いか、俺は」

「笑えるくらいよ」

「……」

 毒舌優等生キャラだった。

 一年のときも一緒のクラスだったが、上辺だけの会話しかしたことはなかった。まさかこういう奴だとは。

「今日は、マヒロくんのことがよくわかったわ」思ったより早く、お開きの挨拶が出た。「わざわざ会ってくれて、ありがとう」

「悪い要素ばっかり拾ったみたいだけど、俺にだっていいところはあるんだからな」

「あら、そうなの? 例えば?」

 いかにも「意外」という表情をするなよ。失礼だな。

「……教えねえよ。観察して見つけてみろ」

「いつも俺を見てろ、っていうこと? 自意識過剰ね。私そんなにヒマじゃないわよ」

「違うわ! 悪いとこばっかり注目するからだよ! もっと視点を変えてくれって話だ」

「視点を変える、ね」楽しそうに瑠果は微笑んだ。「マヒロくんの見る世界がどんなものなのか、見てみたいわ」

「お前絶対、バカにしてるだろ」

 俺はウーロン茶を飲み干すと、席を立った。

「お金はいいわよ、私が呼び出したんだし」

「当たり前だ」

 いつもの俺なら絶対にこんなこと言わない。男の俺が払うところだと思う。だが今日は全然、全っ然そんな気にならなかった。

「わざわざバカにされに来たと思うとアホらしいよ」

「あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃないの」

「つもりじゃなくても相手を不快にさせるのは罪だ」

 また、俺にしてはキツい言い方をしてしまった。

 瑠果はそれ以上喋ろうとしなかったので、俺は黙ってファミレスを出た。

 

3■火曜日のスペアレッド〈1〉へ続く