1■日曜日のカムアウト

 
〈2〉
 

 近所のスーパーに来ていた。

 麻柚には「夕食はカップラーメン」と言ってあったが、じゃあ明日の朝食は? その次は? と考えると、結局は買い物をしないといけなかった。家にあるカップ麺は三つ、すべて同じ味。普段は、たまに間食として食べる程度なので、それで問題なかったのだが。

「あれ、マヒロくん」

 そのスーパーで、クラスメートの瑠果(るか)に会った。

 休日なのにブラウスなんか着て、真面目で清楚な雰囲気をまとっている。

「奇遇だね」

「……ああ」

 奇遇、なのかどうか俺は疑っていた。

 ここ最近、こいつの姿を見ることがとても多い。学校を除いての話だ。出かける日は必ずと言っていいほど遭遇する。妹が瑠果のことを知っているのも、一緒に出かけたときに見かけて、俺が思わず「ルカだ」と呟いてしまったからだ。

 いつもは、少し離れたところを歩いているだけ。こんなふうに挨拶や会話をすることはなかった。目が合っても瑠果は見ないふりをして去っていくのだから。バレバレなのに。

 行ったことはないが瑠果の家は俺の家と近くないはずだし、もしやストーキング? と考えたりもした。しかし瑠果が俺にそういう類の感情を抱いているとも思えない。謎だ。

「おつかい?」

 俺の持っているカゴを勝手に覗いて瑠果は訊いてくる。そこには食パンとパスタとレトルトパスタソースとサバ味噌煮缶詰と牛乳と玉子を入れてあった。

「まあな」と適当に答える。

 瑠果は首を傾げた。ストレートのロングヘアがふわりと揺れる。そして俺に尋ねる。

「ひとり?」

 逆ナンかよ。

「……そうだけど」

「マヒロくんて、この辺りに住んでるんだ?」

 もしストーカーならそのくらいのことは既に確認済みなのでは。訊くまでもないことを訊くとすれば、自然を装うための演技……何考えてんだ俺。自意識過剰。瑠果が俺をストーキングする理由なんてないだろうが。

「なんで?」

「歩いてここまで来たのなら、そうなのかなって」

「ああ、そっか。うん、ここから近いよ」

 すると瑠果は少し嬉しそうな顔になった。

「実は私、ついこの前、近くに引っ越してきたの」

「え、そうなの?」

「うん」

 完璧な微笑みを向けられた。可愛いがしかし、俺は瑠果に特別な感情は抱いていないので悶えることもない。瑠果は成績優秀で美人だが、どことなく堅苦しいイメージがある。俺は付き合うなら妹みたいな気楽な関係がいいと思っているので、瑠果は恋愛対象外だ。彼女いない歴十七年の俺が偉そうに言えることじゃないが。

「なるほど。道理でよく会うようになったわけだ」

 俺は買い物を続けるためにゆっくり歩き出す。瑠果もついてくる。

「え、会うって?」

「最近、何度も会ってるだろ。コンビニとか、本屋とか、あと」

「え、そうだっけ?」

「おいおい、とぼけるなよ」

「それ、本当に私?」

「しらを切るわけか。いつも目が合ってもシカトするもんな。それとも自分ではうまく隠れてるつもりなのか?」

 すると瑠果は眉根を寄せて考え込んだ。徐々に驚いたような顔になり、眼を泳がせる。

「あ……あの、もしかして、コンタクトしてないときかな? 私、視界がぼんやりしてるほうが気楽というか……だから学校以外では裸眼なの。誰かに会っても気づかないかも」

「ああ、なるほど。そういうことか」

「ねえ、マヒロくんが見たの、本当に私?」

「もう、いいよ。なんで俺の行く先々に出没しておいて無視するのか怪しんでたんだけど、ちょっとだけ納得した」

「怪しんでた?」

「いやいや、なんでもない」俺は手に取ったチャーハンの素をカゴに放り込んだ。

 またも瑠果は俺の持っているカゴを覗き込む。他人に生活を覗かれるのはあまりいい気分ではない。

「マヒロくんは、低脂肪乳派なんだ?」唐突に瑠果が訊いてきた。

「え? いや、普通の……」カゴの中の牛乳パックを確かめる。いつもの見慣れたパックを選んだはず。が、よく見ると『とにかくおいしい低脂肪乳』と書いてあった。

「あれ? いつもこれだったかなあ」

「色違いで、牛乳も売ってるけど」

「色違い?」

 正直、いつも親頼みなのでわからないが、普段からこの青いパッケージだったように思う。俺は首を傾げながら、乳製品売り場まで戻った。

「うわ、ほんとだ。だけどこれ、ほとんど同じ色じゃねえか」

 確かに、そっくりで若干色味の違うパックが並んで売られていた。これじゃあ間違えて買う人も少なくないんじゃなかろうか。

 俺はカゴの中の低脂肪乳を戻して『とにかくおいしい激旨牛乳』を手に取る。

「助かったよ、間違えて買うところだった」

「いえいえ」瑠果はにっこり笑った。

 こだわりがあるわけじゃないんだが、やっぱり「いつもの」というのは安心感がある。

 瑠果が、また俺の持っているカゴを覗き込んだ。「ご両親、具合でも悪いの?」

「え?」

「なんだかひとり暮らしの人の食事みたい。あれ、マヒロくん、ひとり暮らしだっけ?」

「違うよ。両親も妹もいるよ」

「わあ、マヒロくんて妹がいるんだ」

「悪いか」

「悪くないよ。むしろいいよ」

「なんでだ」

 瑠果は答えずに、話を戻した。「ご両親、具合でも悪いの?」

「親じゃなくて、ばあちゃんがな。それで親が九州まで行ってて」

「九州? 遠いね」

「ああ。だから今日からしばらく妹と二人なんだよ」

「わあ、妹さんと二人かあ」

「悪いか」

「悪くないよ。むしろいいよ」

「なんでだ」

 瑠果は答えずに、話を戻した。「しばらくって、どのくらい? 大変そうだね」

「俺もどのくらいかは知らん。大変だ」

「だよね」

 何が「だよね」だ。何も知らないで。

「二、三日で済めばいいんだけどさ。何週間もってことになると、金がないんだよな」

「カネ?」

「うちの親、何も考えないで家にあるものみんな持ってっちゃって、金も置いていかないんだよ。ひどいだろ。生活できないよ」

「それ、夜逃げなんじゃ……」

「ああ、大丈夫。うち、いつもそんな感じなんだよ」

 確かに誤解されても仕方ないような状況だが。

 いや、俺の説明が悪かったかもしれない。「みんな持っていった」のは食料の話であって、さすがに家具とかは置いてある。まあいいか。

「どうすりゃいいんだろうなあ。バイト探さなきゃだめかなー」

「バイト?」

「うん。あ、お前『学校に申請しなきゃダメだよ』とか優等生ぶったこと言うなよな」

「言わないよ。私もバイトしてるし」

「え、どんな?」俺にもできそうな仕事なら、あわよくば紹介してもらえないか。

「えっ」しかし瑠果は目を丸くして、あからさまにたじろいだ。「え、ええ、と」

 内容まで訊かれるとは予測していなかったらしく、動揺している。俺は変なことを訊いたかと思い、謝りそうになった。でもそれなら「バイトしてる」とか言わないでほしい。

「えっと……えっと……」

 瑠果はもじもじしている。なんだ、言うのが恥ずかしいようなバイトなのか。まさか、フリフリのエプロンを着て「ご主人様」とか言うやつか。それともさらに上級で、あんなことやこんなことをするのか。してしまうのか。

「うーん、なんて言ったらいいのかな」

「そんな説明しづらいバイトが存在するか」

「するのよ。もしかしたら、信じてもらえないかもしれないけど、なんていうか……うーん、なんて言ったらいいのかな」

「そんなに悩むか」

「だって、信じてもらえなそうだから」

「わかったから、言ってみろ」

「なんていうか」

「まだ悩むか」

「うーん、」瑠果は声のボリュームを落とした。「……探偵というか、研究員というか、調査員というか」

「なんだそりゃ」突然興味と恐怖が湧いてきたぞ。

「普通じゃないものを探して観察する仕事なの」

「なんだそりゃ」突然瑠果が電波系に見えてきたぞ。

「だから、説明しづらいのよ」

「それ、まともな仕事なのか? 怪しいな」

「怪しい?」

「いやいや、なんでもない。いや、なんでもなくないな。いや、関わりたくないな」

 俺はくるりと瑠果に背を向けて、歩く速度を少し速めた。

 普通じゃないものとはなんぞや。

 突然変異の植物であるとか、まだ発見されていない化学反応や物質のことだろうか?

 いやいや、そんなものが対象となる仕事を「探偵」とは表現しないだろう。

「まあ、人探しみたいなものかな」

 瑠果がさらりと言った。思わず振り返る。

「普通じゃない人を探してるのかよ」

「え、まあ、うん、そう言っちゃうと語弊があるけど……」

 人か。ターゲットは人なのか。物質ではなく。

 つまりは宇宙人みたいなのを見つける仕事なのか。

「俺は絶対関わらないけど、ちなみにそれってバイト代はどれくらいなんだ?」

 出来高制だったら収入はナシだな。

「出来高制だから、決まってないのよね」

 やっぱり。

「お前、大丈夫か? そんなバイト変だろ。やばいって」

 俺は本気で瑠果が心配になって、瑠果のためを思って言った。が。

「変……?」

 にこにこしたまま、瑠果が殺気を発した。

「え? あ、いや」

「やばい……?」

「いや、そのー」

 笑顔を絶やさないのが逆に怖い。

 もしかしてこいつ、自分に関して否定されると不機嫌になるのか? 真面目で落ち着いた奴に見えて、けっこう短気なんだな。

 ふわ、と髪をなびかせて瑠果は棚に陳列された商品を眺め始めた。そしてすぐに元通りの落ち着いた瑠果になり、ぼそりと言う。「意外とね、収入いいんだよ」

 見つけたのかい。たくさん見つけたのかい異星人を。

「お金に困ってるなら、マヒロくんもやってみれば?」

「いや、俺はいいって。遠慮しとく」

 拒否した途端、瑠果の顔が迫ってきた。

「困ってるんでしょ?」

「うん、でも俺はそういう異質なものにはアレルギーが」

「えっ」途端に瑠果の目が輝いた。「マヒロくん、何か異質なものを知ってるの?」

「いや、違うんだ、そういうものには近づきたくもないっていうか」

「居場所を知ってるの?」

「そうじゃないんだよ、俺にとっては異次元の話だから無理っていう話……」

「えっ、異次元空間の入り口を知ってるの? 大魔王のところに飛べたりする?」

 大魔王て! なんじゃそりゃ。

「ああ、もお、めんどくせえ」

 瑠果ってこんな電波野郎だったのか。知らなかった。普通じゃないものって、瑠果そのものじゃないか。

「めんどくさい……?」

「じゃ、俺は買うもの全部そろったんで」

 俺は軽く敬礼をして、逃げるように瑠果から離れた。

 まったく、なんなんだ。怖い奴だな。

 

1■日曜日のカムアウト〈3〉へ続く

 

 

 

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