僕に足りないもの

 

 僕はいつも探していた。

 何を探しているのかはわからなかった。

 僕には何かが足りないと思っていた。

 生まれてからずっと、僕はどこかしっくりこない気分で生きてきた。みんなにあって僕にないもの? それとも誰もまだ見つけていないもの? それすらわからない。でも何かを必要としている僕がいた。

 不安になった。そわそわした。叫びたくなった。どうしていいかわからなくなった。

 僕に欠けているもの。目に見えるものではないかもしれなかった。遺伝子レベルの話かもしれなかった。

 母親ならわかるかと思って、尋ねてみたこともあった。母は冷たい目で、かわいそうな子、と言った。ネジが数本足りないのね、と。

 僕にはやっぱり足りないものがあったのだ。でも母はそれをネジだと思い込んでいるようだった。いくら訊いても、それ以上の答えはくれなかったから。

 小学校の担任の先生は、僕の目を見て「目に光がない」と言った。鏡を見てみたけれど、他の子との違いはわからなかった。どうすれば光が入るのかと尋ねたら、先生は困った顔でしばらく考え、「楽しいことを見つけて笑ってみなさい」と言った。

 僕には足りないものばかりなのかもしれなかった。ネジも、楽しいことも、笑顔も、光も。

 でもそうじゃないと思った。大事なことを忘れているような、気づかないふりをして生きてきたような気がした。

 学年が上がると、教室のフロアも上がった。

 それまでのぼったことのなかった階段を上がるようになったら、一番上までのぼってみたくなった。

 どきどきしながら、上級生のいる3階へ一段一段上がっていくと、最上階のはずなのに階段はまだ続いていた。

 屋上だった。鍵はかかっていなかった。僕はフェンスまで走った。街がよく見えた。校庭が見下ろせた。

 僕には翼が足りなかったのだと思った。ここから落ちるイメージが浮かんできたのだ。

 でも、すぐ気づいた。僕は大変な思い違いをしていた。

 僕に何か足りないのではない。むしろ、余計なものであったのだ。僕という存在自体が。

 母にとって。この世にとって。

 求められていないことはわかっていた。でもそれは、僕に何かが足りないからだと思っていた。根本的に間違っていた。

 悟ってしまったなら、もう迷うひまも考える必要もなかった。僕はフェンスを乗り越えて、ふちに立った。

 笑いがこみ上げてきた。

 自力で気づくことができた。幼いうちに気づくことができてよかった。不要なものは早い段階で取り去るべきだ。

 さあ、翼のない僕はどこまでも落下する。地面を突き抜けて、マグマに溶かされてしまうがよい。

 フェンスから手を離した。

 その手を不意に掴まれて、僕は宙ぶらりんになった。誰だ。一瞬で済むはずだったのに。

 高い。怖い。なんてことだ。揺れる。

「助けて!!」

 

 僕になかったのは、生きる希望。生きたいと思う心。

 落ちてしまえば、そんな苦しい事実に気づかずに済んだのに。

 

<完>

 

 

 

 

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